思い出と一緒に流れていって
2009/01/17
年が明けた。2009年がやってきた。性懲りもなく、今年も長い長い一年が始まる。
このあいだの大晦日は最低だった。俺の24年に渡る人生の中でも最低の大晦日だった。それについて書き残しておきたい。
*
12月31日22時。俺は一人で缶ビールを飲んでいた。つまみは厚切りのハムだった。なかなか良い気分だった。ほろ酔いでノートパソコンに向かい、去りゆく年について考えていた。途中、トイレに行ってうんこをした。2008年最後のうんこ、今年一年を締めくくるうんこだ。俺はうんこを流すと、再び部屋に戻ってビールを飲んだ。2008年は良い年だったんだろうか? 夏に大阪から東京に越してきた。随分と密度の濃い一年だった。だが、社会的には、売れない若手芸人が売れないまま一年を過ごしていただけだ。結果は何も残せていない。
ビールを飲み、ハムを齧り、思考は巡る。年明けが近づいてくる。俺は一人でビールを飲んでいる。一軒家は奇妙に静まり返っている。そういえば、相方は実家に帰っているんだ。尿意を催す。ビールを飲むとトイレが近くなっていけない。俺は立ち上がりトイレに向かう。ドアを開ける。異臭が鼻をつく。俺は便器の中に目をやる。そして衝撃を受ける。
さっきのうんこが流れていない。
俺は苦笑いする。やれやれ、2008年にとんだ忘れ物をするところだったな。俺はレバーを回し、再びうんこを流す。うんこは激しい水流に飲み込まれ、あっという間に藻屑と消える───
───かのように、思えた。俺は目を見張った。水流がおさまった時、そこには相変わらず、茶色い物体が存在していた。ぷかぷかと、まるで俺を馬鹿にするかのように。
うんこが流れない。
このうんこはなんなんだ。俺はもう一度、レバーを回した。水流。そして、うんこ、流れない。さらにもう一度レバーを回してみる。水流、うんこ、流れない。もう一度。水流、うんこ、流れない!
自我を感じる。うんこに自我が芽生えているように感じる。信じられないタフネスに度肝を抜かれる。そして俺は恐怖を感じる。トイレのレバーには、「大」と「小」しかない。そして俺はもう5回も「大」に回している。そのすべてにこいつは耐えている。どうすればいい。我がトイレの最大水力が効かない。こんなうんこは初めてだ。
俺は祈りを込めて、今日6度目の「大」を回す。水は大きな音を立てて流れ出す。激しい水しぶき。「大」だ。そう、こいつは「大」なんだ。TOTOはどんな願いを込めてこいつに「大」と名付けた? 大便を流すためだ。もしこの水流が効かないなら、それはTOTO社員の敗北であり、現代文明の敗北だ。うんこという悪魔が文明を討ち滅ぼすんだ。俺はじっと便器に目をやる。水流は激しさのピークを過ぎ、徐々に勢いを失っていく。そして、便所に静寂が戻る。便器の中の水たまりは、綺麗に透き通っている。俺は勝利の雄叫びを上げそうになる。おお、TOTO社員よ、あなたたちは勝利したのだ!
その瞬間、静かに、水中からうんこが浮かび上がってくる。俺は戦慄を覚える。頭の中でゴジラのテーマが流れ出す。不死身、不死身なのかもしれない。圧倒的、あまりに圧倒的だ。このうんこは圧倒的だ。俺が原始人だったら崇めている。確実にこのうんこを崇めている。「大」だ。俺は6回も「大」を回した。貧しい若手芸人が来月の水道代に怯えながら、「大」を6回も回したんだ。その結果、ひとつのうんこすら流せないのなら、文明とは、文明とは、文明とは何かね! 俺は大洪水を望む。すべてを洗い流してほしいと望む。これからトイレのレバーは「大」と「小」と「天変地異」だ。この3つを選べるようにするべきだ。
ゴーン……ゴーン……
遠くで除夜の鐘が鳴っている。目の前にはうんこが浮いている。年明けを目前にして、俺はもう一時間以上うんこのことしか考えていない。親が泣く。友が減る。いくつもの絆が失われる。この残酷な現実に俺はくじけそうになる。だが、負けちゃいけない。もはや酔いは醒めている。俺は決意する。年が明けるまでにこいつを片付ける。俺が生み出したこのモンスターにとどめを刺して、気分良く新年を迎える。俺は水中に浮かぶうんこを睨む。しばし、俺とうんこの睨み合いが続く。
俺は、「大」のレバーを回す。またしても激しい水流が、便器の中で暴れ出す。うんこは再び飲み込まれる。ここまではさっきと同じだ。さっきはここで手を止めたから駄目だった。そう、ここで、水流が勢いを失う前に、もう一度、レバーを「大」に回す! 「大」に「大」を重ねる!
前から温めていたアイデアではない。今だ、今この瞬間に、突如として閃いたんだ。俺は成長する。流れないうんこという好敵手を前にして、俺は俺の限界を超えようとしている。素晴らしい四字熟語がある。切磋琢磨! そう、俺はうんこと切磋琢磨している! 水流がおさまらないうちに、さらにもう一度、レバーを回す。三連続。大、大、大! これで無理なら俺の負けだ。潔く負けを認めて、神棚にうんこを祭るタイプの宗教にハマってやろうじゃないか。
激しい水しぶきが、徐々に静まってゆく。緊張の一瞬だ。俺は便器の中をじっと見つめる。静寂。透明な水。そこにうんこは影も形もない。だが俺は油断しない。勝利を宣言するにはまだ早い。やつは浮力を利用する。俺は静かに待つ。一瞬が永遠に思える。
どれくらいの時間が流れただろう。
うんこは、二度と浮いてこなかった。
俺は今度こそ勝利を確信する。人間の勝利、文明の勝利だ! ようやく俺はトイレを出る。そして部屋に戻り、残りの缶ビールを勢いよく飲み干す。勝利の美酒に酔う。そしてふと時計に目をやる。デジタル時計に数字が表示されている。
00:06
年は、明けていた。俺はうんこを流すことで、年をまたいでいた。東京郊外の一軒家で、誰と話すこともなく、ただ、独りで。
今年も、うんこみたいな一年が始まる。

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