音の洪水で身体を洗う
2009/05/14
頼むから静かにしてくれ。
そう思うことは日常を生きていると多々あるわけだが私の場合それは人に対してというよりも目覚まし時計に対して持つ感情である。人がうるさいのは構わない。人々の話は三時間も聞かされるとうんざりするものばかりだが断片的に聞かされるならむしろ想像力を刺激する面白い話へと変わる。このあいだも中学生男子らしき四人組の一人が別の一人に「なんでさっきの公園でションベンしなかったん?」と言っていて非常に感銘を受けた。
だが目覚まし時計はジリリリリと無機質で退屈な音を馬鹿の一つ覚えみたいに垂れ流すだけであり非常に不愉快である。そしてまたその目覚まし時計を仕掛けたのは昨夜の自分であるという事実も不愉快である。
目覚まし時計を使うというのは自分で自分を罠にかけようという発想である。数時間後の自分は阿呆のようによだれを垂らしながらアルバイトがあることにも気づかず眠っているのだろうから何とかして起こしてやりたい、しかし私は私であり連続した時間の中で生きているわけだから未来に行って私を起こすことはできない。そこでこの時間を指定すればその時間にうるさく騒ぎだす愚直な機械を利用してやろうとなるわけである。だが困ったことに機械というのは一度受けた命令を従順に貫き通す存在であり端的に言えば臨機応変さがない。空気が読めないし状況の変化には対応できず愚図のように一度言われたことを守り通すのみである。
例えば昨夜などは朝九時に目覚まし時計を設定して就寝した私がいたのだが本日は朝の八時半に勝手に目が覚めた。これは健康的で素晴らしいことであり機械によって強制されたわけではない自然な目覚めで気分も優れたものなり希望に満ちた一日の予感すら胸に訪れる。やはり目覚まし時計など不要なのである。私はしばらくそんなことを考えた後するすると服を脱ぎ熱いシャワーを浴びるため部屋を出る。
そしてこの大蛇のようなしなやかな肉体を洗いながら鼻唄の一つも飛び出しそうな完璧なスタートを切っているところに昨夜の愚かな私が仕掛けた愚かな機械が愚かな音を発し始める。ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ。私が生まれたままの姿でシャワーを浴びているところに心を苛立たせる例の音が鳴り響くのである。ジリリリリリリリリリ。私は全裸でびしょ濡れだ。熱い熱いお湯を浴びている。このシャワールームから出られない。
そもそも昨夜の私が本日の私を信用しなかったのが悪い。どうせ朝に弱い愚図で阿呆のおまえは機械のうるさい音で無理やりに目覚めさせないかぎり五時間でも十時間でも眠り続けるのだろうと認識しているのが悪い。人を眠り姫かなにかと勘違いしている昨日の自分に今日の自分は毒霧を含んだキッスを炸裂してやりたくなる。ジリリリリリリリリリリリリ。分かった、もう出る、私のこの至福のバスタイムは今貴様によって破られようとしているが腹を立てても仕方ないのだなぜなら貴様は所詮言われたことを忠実にこなすだけのピピピピピピピピピピピピピピピピここで携帯のアラームまで鳴り始める。
昨日の自分はどれだけ今日の自分を信用していなかったのであろうか、こうしてジリリリリリリリリピピピピジリリリリリピピピピピピピ何重にもジリリリリ罠を仕掛けてピピジリリリピピピ私をどうしようというのだジリリリリリリリ朝っぱらこんな音楽的に何の美しさもない二重奏を聞かされてジリリリリリリリ私はピピピジリリリリリリリ最高の一日が五分で終了したことを知りピピピピピ全裸でびしょぬれのままピピピシャワーを止めるとドタンとシャワールームのドアを開けジリリリリリリリぽたぽたと水滴を垂らしながらバーバリアンの如く全裸で走り部屋に入るとジリリリリリリリピピピ携帯のアラームを止めピッ目覚ましジリリリリ時計のスイッチをジリリリ切ったリリ、チン。
チンじゃねえ最後に間抜けな音出しやがって壊すぞ。

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