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いちゃもん様のおでましだ

2007/01/17

駅のホームで、カップルのうしろに並んでいたら、二人の会話が聞こえてきたのだけど、どうしてもその内容が腑に落ちない。あまりに腑に落ちないもんだから今日は一日中そのことについて考えてたんだけど、やっぱり腑に落ちないし、腑に落ちる気配すらないし、そうこうしてるうちに日が落ちた。

彼氏が、彼女にこんな話をしてたのだ。

「附属の高校からそのまま大学にいくことを、エスカレーター式って言うじゃん。でもエレベーター式のほうがよくない? だって、エスカレーターだと、実は最初と最後に自分でちょっとだけ歩かなきゃいけないじゃん。でもエレベーターだとほんとにまったく歩かなくていいじゃん? 一気にグイーッて感じじゃん? だから、俺はいつもエレベーター式って言ってんの」

彼氏がこんなことを喋ってて、彼女はそれに対し、世界にまたとない才能を見つけたような眼差しで「なるほどー!」って膝を打ってたんだけど(それを見て私は膝から落ちそうになったんだけど)、いや、この話、おかしくないか? エレベーターも乗り降りするときに歩かなきゃダメだろう。

それがあまりに引っかかったもんだから見ず知らずのカップルに話しかけてディスカッション申し込もうかと思ったのだけれど、何とか理性さまに抑えられてそれは止めといた。私がまともな社会生活を送れているのも理性さまのおかげだ。ありがたやありがたや。今年も村で採れたいちばんでかい魚をお供えしよう。

今回の話の要点をまとめるとこうなる。

彼氏の提案

附属高校から受験なしで大学進学することをエスカレーター式と呼ぶが、エレベーター式の方が適切。
→エスカレーターは最初と最後に自分の足で歩かなくてはいけないから

私の考え

  • エレベーターでも最初と最後に歩く必要があるのは同じではないのか?
  • つまりエレベーター式と言おうがエスカレーター式と言おうが意味合いは変わらないのでは?
  • 何か私に論理的な見落としなどあるなら教えてほしい
  • 関係ないけど電車が来たとき、そのカップルの前には電車のドアがなかった
  • よく見たら並ぶ場所とは別のところでカップルが雑談してるだけだった
  • 私は単にカップルのうしろにへばりついてるだけの男になってた
  • 完全に不審者
  • 実はかなり気持ち悪がられてたんじゃないか?
  • しかもインターネット上で勝手に彼氏の話にいちゃもん付けてるのもかなり気持ち悪い行為じゃないか?
  • 俺気持ち悪いんじゃないか?
  • 俺ってもはや死んだ方がいいんじゃないか?

結論

春からあの世に進学します。エスカレーター式に。

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簡単お雑煮レシピ

2008/01/08

正月も終わったというのに雑煮を食ってねえ。

ひとり暮らしの悲しいところはこういうところだ。雑煮もおせちも何にも食えない。正月らしい食事がぜんぜんできない。元旦なんか、昼間からバイト先で店長にもらったカレーうどん食べてた。カレーうどんよカレーうどん。正月のにおいが微塵もしない。カレー粉のにおいしかしない。

もちろん、自分で雑煮を作るっていう手もある。ただ人生で一度も雑煮なんて作ったことはないし、普段から料理もしないもんだから、何がどうなったら雑煮が出来上がるのか見当もつかない。

なんだろ、餅か、とりあえずお湯に餅を入れればいいのか。そうすればそれは雑煮なのか。雑煮を雑煮たらしめているものは、雑煮のアイデンティティーとは、雑煮が雑煮であるためには、一体何が必要なのだ。実家で食ってるときちゃんと見とけばよかった。雑煮なんて、「なんか餅入ってる汁」くらいの認識だった。

一応、台所に立ってみた。挑戦するだけでもしてみようと思った。俺だって23年間生きている。雑煮くらい、作ることが出来るはずだ。

鍋いっぱいにお湯を沸かしてみる。

だが、そこでさっそく途方に暮れる。もう何すればいいか分かんねえ。ぶくぶくと沸騰する大量のお湯を前に、私はうつむき、背中が丸くなっている。お湯に怒られてる人、って感じになっている。

とりあえず、お湯に塩を入れてみる。塩は入れるだろう、って感じでひとつまみ。そしてキッチンを見渡す。他に使えそうなものはないものか。

しかし、普段自炊をしない男のキッチンにはろくなメンツがいない。層の薄さが半端ない。これで雑煮を作れなんて、そんなもん、日本代表を秋田の小学生から選べって言われるようなもんだ。そりゃオシムも倒れる。

相変わらず、鍋の中ではお湯が煮えたぎっている。

目についたのは、マ・マーのスパゲティ。調味料以外だと、キッチンにはこれしかない。仕方ないので放り込んでみる。しばらく待って、アルデンテでさっと取り出し、ソースをレンジで温めて、皿に盛りつけて食べてみる。美味い。たしかに美味い。美味いがこれは雑煮じゃない。

パスタだ。

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the end of beauty

2007/01/27

最近知り合った女の子に、とてつもない美人がいる。

かわいい子、なんてのは街を歩いてみればけっこう見かけるし、そんなに珍しい存在じゃない。どんな集団にも、一定数かわいい子ってのは存在してるもんだ。だが、美人──それも、見るものの人生観を揺さぶるほどに圧倒的で絶対的な美人──というのは、本当に希少な存在である。

私は彼女に会うと、いつだって、彼女が美人であるというその圧倒的な事実を突きつけられる。そしてそれは、私が彼女に会うたびに、何度だって突きつけられることになる。

美人は三日で飽きる。

そんな言葉は嘘だ。

いや、正確に言えば、三日で飽きる程度にかわいい女の子というのは確かに存在するかもしれない。だが美人は、そんなものとは別のカテゴリで語るべき存在なのである。何度見たって飽きることのない美しさを備えているからこそ、人はそれを美人と呼ぶのだ。

神は、ひとりひとりの人間を創る際、明らかに気分によってその完成度を変えている。

彼女を創る時は、おそらく、「よし、いっちょ美人つくっか!」と、事前に決意しているはずだ。額には固くハチマキを締め、部屋のドアには、「取り込み中!」と書かれた貼り紙をしていただろう。ママがミスドで買ってきたドーナッツ持って上がってきても完全シカトで、一睡もせずディティールにまでこだわって作り上げている。それくらいしないと、彼女のような美人は生まれないのである。

そして逆に、そんな厳しい作業でエネルギーを使い果たした神が、ドカベン35巻片手に、ポテトチップスつまみながら、寝転がって2分で創ったような人間もいる。訴えればゴッド相手にいい裁判が展開できそうな手の抜かれ具合をしている人間である。その代表のような人間としては、例えば、今、鏡に映っている男などが挙げられるだろうか。

ジーザス。

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