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朝が夜であいつが俺で

2005/11/08

最近は生活の乱れがひどい。昼夜逆転を繰り返した結果、完全に社会が決めた一日の枠からはみ出して生きている。こう書くとパンクロッカーのようにも聞こえるが、残念ながら私は信号無視さえしないし、クスリを飲むと幻覚がみえるどころか辛かった風邪が治る。ありがとう、いいクスリです。

わたしの身体は早朝に眠り夕方起きることに慣れてしまっているので、これを何とかしたい。私がこのサイトで何とかしたいと書いたことのうち実際に何とかなったものは一つもないんだけど、この際そこは目をつぶろう。早寝早起きを習慣にするのだ。

とりあえず、理想的な朝を思い描いておこう。イメージトレーニングをすることでモチベーションを高めるのだ。

朝六時に起床。起き抜けに熱いシャワーを浴び、眠気を覚ます。上半身裸のままカーテンを開ける。今日もいい天気だ。朝日を存分に浴びた後、服を着る。そしてやかんを火にかけ、モーニングコーヒーの準備。沸騰までの待ち時間に、ちょっと町内を散歩する。犬を散歩させてる見知らぬ人に、笑顔で挨拶なんかしたりして。ああ、こんな晴れた日は、何もかもが美しく見える。朝の空気はとても新鮮だ。まだ誰にも汚されていない、美しい空気。静かな道を歩いていると、一日の始まりは希望に満ちていることに気づく。

そして家に戻ると、さっきのやかんが原因で、我が家は全焼。呆然と立ち尽くす私の目に、朝の光が眩しい。瞳の中で炎がめらめらと燃え広がっていく。ほんの小さな不注意が、悲惨な火事への第一歩だったりするのです。

公共広告機構です。

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母に捧げる軽快なロックナンバー

2005/12/10

風邪っぽいですわー。特に喉にきてる。ツバ飲み込むだけで喉がめちゃくちゃ痛い。声もかすれてる。年末の紅白どうしよう。出ないけど。

さてそんなわけで家で安静にしてたんだけど、そんなとき携帯にメール。ふるさとの母からである。「寒くなってきましたが風邪などひいてませんか」といった内容だ。さすが、二十年前にわたしを股からデビューさせた女。息子のことなどお見通しということか。

素直に風邪気味だと伝えると、あれしろこれしろと対策をいろいろ書いてくる。一人暮らしで乾いた心に、その優しさがじんわり染み込んでくる。親のありがたさは離れて暮らして初めて気付く。ほんとにその通りだ。母さん、二十年前、(夜の砂浜で涙を流しながら)僕を産んでくれてありがとう。

一通りメールをやり取りした後、「じゃあもう寝るわ。ありがとう」とメールを送ると、母からはこんな返事。

「最後にひとつ! 普段から、手荒いうがいを忘れないようにね!」

これからは硫酸でうがいしようと思う。

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一人称「我が輩」

2006/01/17

現在、我が輩は親元を離れ、京都で一人暮らしをしておる。

よって食に関しては自炊か外食の二択となるのだが、自炊はほとんどしていない。これは何より面倒くさがりの性根に由来しておる。料理はともかく、それを終えた後に現れる汚れちまった食器たち、これを更生させるのがひどく億劫なのだ。

そんなわけだから、我が家の台所はまるで古代遺跡のようになっておる。少し漁ってみれば、遠い昔に洗わず放置したままのフライパンが発見されるのだ。茶色い何かがこびりついたフライパンに、果てしない時の流れを感じる。考古学者気取りで、「はるか昔、この地で人間が暮らしていたんだ!」と喝采を挙げてみるも、その人間とは我が輩自身である。

しかし外食ばかりでは金がかかる。決して裕福ではない我が輩にとって、これは大きな問題だ。面倒の一言で無闇に浪費を続けていては、最終的に貯蓄は底をつき、我が輩は餓えに苦しみながら死んでゆき、やがて我が輩は白骨となり、その骨も徐々に風化して、いつか訪れるどこかの誰かに、「はるか昔、この地で人間が暮らしていたんだ!」と言われる羽目になる。

そこで、本日は久しぶりに、自らの手で飯を作ることを決意した。

まずは台所から食器を発掘する。そして出てきた中から、使われた年代が比較的浅いものをいくつか見繕う。例えば、三畳紀のものよりはジュラ紀のもの、ジュラ紀のものよりは白亜紀のもの、白亜紀のものよりは半年前のもの、といった具合である。

食器が揃ったら、スーパーで買ってきた食材を調理する。本日の食材は新鮮な魚。これを何も考えず適当に焼いてみる。レシピなんてものは無いし調べる気もない。さらに調味料の類いも全く無い。あとはご飯を電子ジャーで炊き、インスタントのみそ汁を作る。そして出来上がった料理を食卓に並べ、ひとり黙々と口に運ぶ。ごはん、みそ汁、焼き魚。なんとも質素である。しかも焼き魚は何の味付けもされていない。正直なところ味気ない。食の楽しみが微塵も感じられない。

ためしにご飯にみそ汁をかけてみる。するとこれがなかなか美味い。みそ汁に含まれる塩分が、白米に程よい味付けをしておる。調子に乗って焼き魚も混ぜ合わせる。美味い。食の楽しみとはこのことをいうのだろうか。急速に箸が進み始める。

しかしふと、昔、実家でこれと似たものを見た記憶が甦る。その記憶の中では、飼い猫がうまそうにこれを喰っていた。いわゆる猫まんまというやつだ。急に情けなくなってくる。

我が輩は猫じゃない。

名前はもうある。

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咳出る地知る人が知る

2006/02/17

風邪は治ったはずなのに未だに咳だけ出る。このところずっとだ。風邪の忘れものだろうか。ほんと厄介である。心当たりのあるウイルスの方は、もしこれを読んでいたら今すぐ取りにきてほしい。

咳をすると他人にやたら心配をかけるから嫌だ。鼻水などと違い、咳はどこか深刻な印象を与えてしまう。鼻水はとてもコミカルな症状で、咳はとてもシリアスな症状。そんなイメージがある。

たぶん鼻水を出すウイルスはひょうきんで、クラスの人気者だと思う。逆に咳を出すウイルスは友達一人もいない。すごく真面目でジョークとか絶対通じない。ずれてもないのにメガネを上げる。咳を出すウイルスは、すぐにメガネを上げるウイルスだ。あだ名はハカセ。

こないだ友人と遊んでた時も、やたらと咳をして心配をかけた。

その場にいたのは男友達二人と、片方の友人の彼女。彼女と会ったのはその時が初めてだった。その子はなかなか面白い子で、みんなで話してる時も、一枚の紙に何匹もスヌーピーを描き続けてるような子である。ほんとに。

だけど心はとても優しく、私が咳をするたびに、「大丈夫?」と心配そうに聞いてくる。いや、もちろん友人二人も「大丈夫?」とは聞いてくれるんだけど、この二人は三度のメシより頭が悪いので、私が何度も咳をしてるうちに、私が咳をする→「大丈夫?」と聞く、という流れを反射的にやるようになり、最終的には早押しクイズみたいなノリになっていた。ゴホゴホから「大丈夫?」までのタイムアタックである。

私の咳がスタートのピストルくらいの扱いになる中で、友人の彼女だけは最後まで心配してくれていた。天真爛漫な一方で、すごくしっかりした部分もある。友人はいい彼女と出会ったものだ。そう思いながら、友人たちと別れ、家路につく。

その夜、携帯に彼女からのメール。

「今日はおジャマしてごめんなさい。でもすごく楽しかったです。風邪に気をつけて、特にインフレには気をつけてください!」

それは、日銀とかが頑張ることだろう。

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