髪の毛が伸びる。私は美容院に行く。再び髪の毛が伸びる。私は美容院に行く。
と、生まれてこの方そんなイタチごっこが延々と続いているわけだが、最近髪の毛がまた性懲りもなく伸びてきたので、私は性懲りも無く美容院へ行くことにした。こうして、美容師の懐だけがだんだんと暖まってゆくわけである。
美容師の懐から発火する日も近いなあ、などと思いながら馴染みの美容室に行くと、そこには全焼して骨組みだけを残した建造物がぽつり、なんてことはなく、担当の美容師がにこやかに出迎えてくれた。
とりあえず近況なんかを話し、
「こないだロード・オブ・ザ・リングの最新作見たんだよー」
「僕は見てないっすねー」
「3つとも見ちゃったんだよねー」
「僕は3つとも見てないっすねー」
「アラゴルンってキャラがかっこよくてさー」
「あー、知らないっすねー」
という不毛なやり取りが終わると、「で、今日はどんな感じにしようか?」となる。私は昨今のヘアスタイル事情には疎く、ウルフヘアーが完全に旬を過ぎた頃に、「僕をウルフにしてください!」と元気よく言った過去もあるので、美容師さんに任せるという旨を伝えると、「じゃあアシンメトリーにしよう」との言葉。
「あしんめとりー?」と、流れ出る鼻水もそのままの低IQ面でおうむ返しに聞き返す私の目に映ったのは、「よし、そうしよう!」と一人やる気を燃え上がらす美容師の姿だった。
そして、
「ラストサムライが面白かったんだー」
「僕は見てないっすねー」
「呪怨がマジで怖くてさー」
「僕は見てないっすねー」
というやり取りをしながら数十分、私は立派なアシンメトリーヘアーになったのだった。
アシンメトリーというのは左右非対称という意味らしく、完成した髪型は、前髪が右から左にゆくにつれてだんだん長くなっており、さらに襟足は右だけ5センチほど長いという、すさまじいものであった。いきなりアヴァンギャルドの彼方へとぶん投げられて、ハトが豆鉄砲で最愛の人を殺されたような顔になっている私に対し、美容師は、「すげーカッコいい!」と褒めそやす。その後も彼は、
「原宿ではみんなこの髪型」
「これから関西でも流行り始めるよ」
「松岡くんの第二ボタンはもう問答無用でSOLD OUT!って感じ」
と捲し立て、私は、「最後のは意味分かんないです」と言葉を挟む余裕すら無く、美容室を後にしたのだった。
本当にこの髪型はかっこいいの? 女の子にモテるようになるの? 俺はこの街でファックの金字塔を打ち立てることができるの? 私の心に突如湧きあがった不安と混乱の泉、通行人のちょっとした視線に心かき乱されながらも、その足でバイト先の塾へと向かう。俺が磁石なら女の子は砂鉄! 俺が磁石なら女の子は砂鉄! そんな言葉を呪文のように唱えながら教室に入ると、担当している生徒が、こんにちはより先に、「うわあ、それは失敗だと思うよー」って。
だよねー!